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  • 2020.12.17 Thursday
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お疲れさまです。4年の宮川です。

 

マネージャー最後の日記担当って気づいて、"わー!"ってなってます。

 

引退日記はネガティブなこと多めに見えるけど、私は元気です。

そこは安心して読んでください!笑

 

ありがとうの気持ちがちゃんと届きますようにー!

 

でもその前に、、

練習は参加してないのですが、今日のメニューです。

 

S 100×4 max !! 12'00  (50+50) 1'10

 

みんなしんどそうやったって、噂に聞きました。
お疲れさまでした!

そして本間先生、本日もありがとうございました。

 

では、引退日記に入りますー。
 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ついに競泳ももう引退ですー。
水球同期の二人お待たせしてます、、笑
どきどきそわそわです。

 

同期の引退をみて、実感はわくんですけど、想像しにくいです。
慣れというものは想像力を鈍らせるので、少し厄介です。

 

でもこの慣れを忘れたくないなーなんて思います。

 

やっぱり私は欲張りなのかな。

 

今まで私は大学で競泳と水球合わせて81名の選手と関わりました。

 

神大水泳部だけだったら、
絶対一番多くの選手に関われたなーって思います。

 

幸せなマネージャーです。

 

両面の一番のメリットだったかなって思います。

 

だからこそ、たぶん誰よりもいっぱい泣きました。
嬉し泣きも含めて。

 

私にとって選手の目標や夢は、
どんな小さいものでも、逆に大きすぎるものでも、
叶えたいもので信じたいものでした。

 

私がしてきたことは、他のマネージャーみたいに多くはなくて、
たぶんこれ一つだけです。

 

"だれよりも選手の可能性や夢を信じてあげること"

 

それだけしかやってないなーって思います。

 

「もしも、出来るわけないって言われる目標でも私は信じて応援しよう。」

「もしも、絶対できるって周りが言うような小さな目標でもいっぱい喜ぼう。」

 

そんな風に競泳でも水球でも選手と接しました。

 

あんまり交流できてない1回生からしたら、
私はただのポジティブ人間に映ったかな?笑

 

1回生はこれからもキラキラ夢を追い続けてほしいです。

 

他のマネみたいにもっと色々してよって感じですよね。
信じてるだけじゃなにもしてないと同じやんって。


ごめんなさい。

 

でも、イレギュラーな参加をすることも多かった私にとって、
それだけがいつでもどこでもできて、100%できることでした。

 

バッタ面のマネが私ひとりって状況のとき、
ほんまにごめんなさい、しか思ってなかったです。

 

水球で忙しくて、ミーティングも休んでばっかり。

 

一番わかってあげなきゃいけないのに、
なにも知らなくて、なにも言えなかったです。

 

そのとき、いっぱい考えた末に、

ただみんなの努力を信じて、待ってようって思いました。

 

速くなりたくて、必死で、そして人一倍努力できる人たちだから、
私はわかったような口聞かずに、待っとこうって思いました。

今まで色々な活躍見せてくれてほんまにありがとう。

ベスト率高かったときとかめっちゃ嬉しかったー!

 

本当に本当に今までありがとうございました。

 

ここまでで読んでて分かると思うんですけど、
私は一番甘やかされて支えられていた存在でした。

 

休んだ試合と土日の練習は、誰よりも多いです。

 

GW強化練の最終日。
1年生の入部前しか行ったことないです。
なみごるで毎回集合写真があがるのを見てました。

 

夏季公認。
1年生のときしか参加してないです。
やっぱり学生リーグは休みたくなかったです。
チャレンジレースに間に合った時がめっちゃ嬉しかったです。

 

関国。
予選から観に行けたことはたぶん1度もないです。
学生リーグで水球面の近くにいたいからでした。
でも得点レース1発目の途中参加は置いてかれた気分で辛かったです。

 

天チャ。
会場中で応援するの、味わいたかったし、選手を見たかったです。
リーグ最終日は何があっても行くから、これは理想論ですね笑

 

競泳のみんなから見たら、私は"水球の人"でした。
水球のみんなから見たら、私は"競泳の人"でした。

 

全員じゃなくてもそんな風に見られてるって知ってました。
実際にその話を聞いたこともありましたー笑

 

だから、練習にいても、いつも一人やって思ってました。

 

その中でいつも幸せなこと見つけて家に帰ってました。

 

しんどくても、やっぱり水球も競泳もやめたくなかったです。

 

私はどっち付かずのマネージャーです。


そんな私を先輩も同期も後輩もいつも見守ってくれて、
本当に感謝しています。

 

特に同期は、ほんまに支えてくれて許してくれてありがとう。

 

本当に本当に最後までやりきれて良かったです。

 

それと、凌泳誌の尊敬する人に、私の名前を書いてくれる後輩が
どっちにもいて、尊敬してくれて幸せでした。

 

私は冗談が通じない人なので、
これが冗談だったら、わりと落ち込みます。笑

 

ただ、ほんまに助けられました。

 

後輩が尊敬してくれてるのにこんなんでいいん?がんばらな!
って、よく自分を励ましてました。

 

優しくしてくれた部員のみんなに感謝してもしつくせないです。


何回でも言うけど、本当に本当にありがとう。

 

81人のたくさんの夢と想い出を、届けてくれて、
本当にありがとうございました。

 

最高のマネージャー人生です。

 

そして、マネージャーのみんな、今までありがとうございました!
おかげで最後まで続けれました。

 

私はマネの中でマネに支えられたランキングはたぶん1位です。

 

みんなほんまに素敵なマネージャーです。


悩むこともあるやろうけど、自信もってこれからもがんばってね。

みんな好きー

 

インカレに参加させてくれてありがとう。私もがんばる。 

 

2018/ 8/31 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

神風

 

 

 

お疲れ様です。

4回生野中です。

 

夜遅くの投稿申し訳ありません。

いろいろ考えすぎて寝落ちしてしまっていました。

 

 

インカレ組の今日のメインです。

 

S

50*3*3 smooth fast 1s 1:10/2s 1:20/3s 1:30

50*1*2 3:00 easy

 

50*5*3 2:00 15m-20m-25m-30m-35m hard  swim/with fin/with fin&paddle

 

本間先生お忙しい中メニュー作成とご指導ありがとうございました。

 

メイン練もあと1回ですね。

じわじわとインカレという名の怪獣が近づいてくるような、そんな緊張感を感じています。

 

 

さて、引退日記ですか。

もう同期のいい日記をいっぱい読んできて、今更感。

最後なんでちょっとだけお付き合いお願いします。

 

まずはこの1年の反省から。

 

私の今年の目標

尚美の100インカレも学年半分インカレ。

 

達成できませんでした。

 

、、、こんなこと言うと

尚美はまた責任を感じそうやなぁ。苦笑

インカレ前にごめんね。

 

でも自分では絶妙な、

良い目標を立てたなと思っています。

 

達成云々よりも

目標を通して自分の弱いとこが

いっぱい見えた1年でした。

 

 

尚美のインカレ切りに関して。

 

今年は何回尚美が泣いてるの見たやろ。

50だけでも切ってからいきたかったよね。

 

尚美はしっかりしてて、というか、

しっかりしてるように見せてたとこも大きくて。

自分よりいっぱいチームを優先してきたよね。

 

私は尚美に絶対的信頼を置いてきました。

自分で立ち上がってきたのを何回も見てきた。

だから試合で、今辛いだろうと思っても、

あえて話しかけないこともあった。

 

中途半端な慰めをされる方が邪魔かなと思う反面、

他のマネージャーならしっくりくる言葉で

優しく慰めてあげられるだろうなぁとか。

私より圭祐とかりょーへいとかの方が

きっと支えになってくれるだろうなとか。

 

極論私なんかがどこまで近くにいていいか

最後まで正解がわからなくて

踏み込み切れなかった時がたくさんあった。

 

結果的に尚美が辛い時、

うまく寄り添ってあげれてなかったなぁ。

 

尚美に甘えてたなぁ。

 

100ペースの練習したかったなぁ。

ごめんな。

 

 

直近に自分の未熟さ痛感したのは、

関カレの維吹のレース。

あそこまで頑張ったけど、あと一歩だった。

 

練習で維吹が途中で折れちゃうところを

何度も見てきて、

維吹の限界値が見えた気になってた。

ちょー失礼やな。ごめんね。

 

ちゃんと正しく見えていれば

あの一歩分くらい

サポートしてあげられたかもしれない。

 

あぁ、全然見えてなかったやん。

自分への評価が甘かったなぁ。

 

 

もう最後だから書くけど、

舞佐志が全国公泳いでるのも見たかった。

めっちゃ悔しかった。

 

なぜ報われない。

なんで1校4枠じゃないんや!!!

 

周りのことだけ考えて練習して、

試合会場は頑張って応援して

後輩がベスト出たら喜んで

そんな舞佐志を見てられなかった。

 

 

今気づいてるのも、

ぱっと思い出せないのも含めて、

きっともっともっと後悔すべきことがある。

 

前にどっかで反省したのにな苦笑。

全然ダメやん。

 

 

ここに立って初めて実感が湧いた。

もう来年は来ないのね。

 

後で悔いるから後悔かぁ。

 

 

 

皆さんも去年目標立てましたよね。

 

男子は関カレ一部昇格を目指してやってきたよね。

 

後輩のみんなには目標を達成できなかった

悔しさ、かっこ悪さ、情けなさを大事にして欲しい。

特に今回関カレで得たそこそこの達成感で

今を美化しないでほしい。

 

過程にどれほど素晴らしいドラマがあったといえど、

私たちは一部に届かなかった。

 

私たちのチームの悪かったところに目を向けて、

次につなげてほしい。

 

なんてったってみんなにはまだ「後」があるからね。

 

 

でも私はこれで引退するので

ちゃんとよかったとこも見ていいですか?

 

結果がすべてのスポーツの世界で

マネージャーって

唯一過程を見てあげられる立場だと思っています。

 

頑張ってきたことが

結果に表れた時は

自分のこと以上に嬉しい。

 

ダメだった時、

みんなは自分を責めていたし、

私もそれを否定してこなかったけど、

 

本当は、

制限があがったり、

速い子がライバルとして現れたり、

個人競技のくせに個人以外の要因でかいわーって

いっぱい言い訳させてあげたかった。

 

他の誰がなんと言おうと

選手が努力してきたことは

口には出さずとも私の中で全肯定してました。

 

今の神大のマネにとっては当たり前のようだけど

心の底から応援したくなる人達に囲まれて

ここまでやってこられたのは

めっちゃ幸せなことやなあ。

 

私はみんなのおかげで、

最高にマネージャーを堪能できました。

 

 

しかも好きでやってることなのに、

めっちゃ大事にしてもらってきたな。

 

高校まで私自身水泳をやっていて、

良くも悪くも結果は全部自分のものだと思ってた。

 

でもこの4年神大でマネージャーやらせてもらって、

喜んでほしいって何回言ってもらったでしょう。

ごめん、って何回謝られたでしょう。

 

好き勝手にやってきたのになぁ。

感謝してもしきれないです。ありがとう。

 

 

 

私自身の振り返りとして。

正直何回もやめようと思いました。

 

ただでさえ他大学から来たやつで

 

今では当たり前だけど、

数の多いマネージャーの中で

 

まぁどんくさくて仕事できんし

 

体調も崩して迷惑かけるし

 

存在意義がないなぁって。

 

 

 

迷惑かけっぱなしで、

みんなに助けられて、

なんとか騙し騙し、

ここまで残ってきました。

 

本当ごめんなさい。

 

先輩から後輩までいろんな人と出会って、

毎年変化するチームのカラーを感じて、

ここまできてやっと気がついたんですけど、

 

その色の中に自分も含まれてたんだなって

 

最上回生になってやっと、

 

みんなのおかげで、

 

あ、私もいていいんだなぁって思えました。

 

ありがとう。

 

 

 

さて、そろそろ終わろうかな。

 

グダグダだけど、スプリントの後輩へ一言ずつ。

 

倉田

自由だけど自分がブレないところが倉田のいいところだと思っています。これから人のことを沢山考えなくてはいけない立ち位置になるけれど、最後に迷ったら自分のやりたいようにやってください。

 

あさみん

私の可愛い可愛い後輩の一人。

選手が相談してきたら誰より真摯に話を聞いてあげてるし、結果出なかった時は誰より落ち込んでる。こんな寄り添ってくれるマネがいて神大は幸せやな。頼りにしてます。でも自分も大事にしてね。ちょっとくらい力抜いてもいいからね。

 

ゆきちゃん

尖ってるようで実は柔和な人やなぁと思ってます。でも時々そのギャップが自分を苦しめてる時もあるんじゃないかな。まだまだ先は長いので、後悔しないようにだけ考えて、あとは自分に素直に行動してください。

 

門くん

ゆるくて素直で、でもやる時は真剣な門くんの空気感が私はすきです。その調子で周りをいっぱい巻き込んで行ってください。今後がとっても楽しみです。もしこれからも何か力になれることがあったら遠慮なく全然言ってきてください。

 

あやみ

来るべくしてスプリントに来た感。笑  もっと話したかったなぁ。落ち着いて周りが観れているので、とても頼りにしてます。神大だけでもマネには色んな先輩がいるので、あまり盲目にならず広ーく色んな人を見て欲しいなと思います。焦らずに、あやみはあやみらしいマネになってください。

 

我が道を行くタイプの人ばっかりに見えるスプリントですが、

全員人のことめっちゃ大事にするチームでした。

 

だからこそ、総括して、みんな自由にやってくれ!笑

もし本当に違う方向に突っ走った時は

絶対誰かが止めてくれるから。

自分の納得が行くように、水泳を楽しんで下さい。

 

 

 

最後に改まってこんなこと言う機会が

一番ないであろうメンバーに一言して

さよならしたいと思います。

 

 

私は同回マネージャーのみんなを

めっちゃ尊敬してます。

 

みずきはいつでもだれにでも自然体で中立。

ゆうは誰より選手目線で考えてる。

ゆかはいつも笑顔でみんなに優しい。

くみこは一番近い距離で選手と接してる。

いでちゃんは大変な仕事を一人で最後までやり通してくれてる。

 

一番長く一緒にいる分

いろんな面を見てきて、

 

その上で

素直に尊敬できる同期に囲まれて

ここまでやってこれて

私は本当に恵まれてたな。

 

本当に本当にありがとう。

 

 

 

もうちょっと時間はあるから。

ありがとうを噛み締めながら、

最後までやりきりたいと思います。

 

みんなで笑って引退できますように。

 

インカレまであと8日。

 

神風

お疲れ様です。4年マネージャーの西川です。
更新が遅くなってしまい申し訳ありません
インカレ組本日のメニューです。


50*1*4 1'30 1st 50m of 100m from Dive
50*1*4 1'30 2nd 50m of 100m from push
50*1*4 1'30 2nd 50m of 100m from push
50*1*3 5'30 loosen

 

本間先生本日もメニュー作成ありがとうございます。
日本全国の大学生スイマーが憧れるあの大会まであと9日。
選手たちはいつもと変わりなく、日常のひとつひとつを丁寧に過ごしているように感じます。

体調・怪我には気をつけて残りの日々を過ごして欲しいです。

 

…………

 

ついに私も引退日記を書く時がやってまいりました。
インカレ組トップバッターです。8人の中で一番足が速いので選ばれました。

だらだら書いてしまったのですが少しだけお付き合いいただけると嬉しいです。

 

 

皆さん、「マネージャー」ってどういう存在でしょうか。

 


入部当初の私は、レベルが高い大学水泳において選手をする自信はないけど神大水泳部に入りたかったこと、またマネが不足していたことで需要と供給が一致し、
当時いらっしゃった先輩のマネージャー像しか持たないまま、三年半の怒涛のマネージャー人生を歩み始めることとなりました。
(当時先輩方は選手としての勧誘も考えたそうですが、スイムレコード調べてやめたそうです笑)

 

 

最初は想像通りただ頼られることが嬉しくて、一歩ずつ成長する自分を実感できて、レベルの高い選手(私からするとみんなとても速かったのです)と練習できるのが刺激的で。純粋に水泳部を楽しんでいました。

 

そんなある日のことです。同期のマネージャーが「いるだけでいいって言われるのは嫌だったの」と言いました。なんか聞き覚えありますよね笑
それは生ぬるい価値観で生きてきた私にとって雷が落ちたように衝撃的でした。
マネージャーは単なるサポーターではない、と。

 

その後の練習で、長さ25mの青い箱の中を何度も行ったり来たりする選手を見て、今後四年間この繰り返しをただ見るだけでいいのか、見るだけでこの場所に居続けることはできるのか、と初めて絶望しました。その景色は今でも鮮明に覚えています。

そこからはコーチのようにいっぱい指導しようとか、トレーナーくらいマッサージできるようにとか、他のマネージャーがやらないことやろう、といろんなことを考えすぎてぐちゃぐちゃになっていました。同じような気持ちの他のマネージャー負けないように、置いてかれないように必死で苦しくて。
まるで毎日ちょっと砂の入ったコップで水を飲み続けるような生活。これは決して本質的ではありませんでした。


コーチ、トレーナー、サポーター。全てマネージャーとして間違いではありません。

 


しかし3年4ヶ月経った今、私が経験したマネージャーは実際とはちょっと違いますが"伴走者"のようなものだったなと思っています。

 

この場合ちょっと違うのは、選手と伴走者はどちらも目は見えていて、迷路のように何度も道を選択しながら目標達成のゴールを目指しているということです。


やっと最近になって伴走者として大事なことは、選手を信頼して、その理解者になることだと思うようになりました。

選手がしんどい時は歩調を合わせて、自分だけ突進しないように。
自分で解決できない問題があれば選手の助けを借りて、ゆっくりでいいから一緒に前に進む。(本当の伴走者としてはあんまりよくないけど!笑)
選手が最高の練習、レースができるように寄り添って、危険を回避し、進路を共に考えること。

伴走者がどんな状況でも、その選手の伴走者であることに変わりはないこと。

 


そして選手の努力を一番近くで見て、同じようにその努力を経験しているということ。


これが、伴走者の何より大切な存在意義の一つであると思います。
誰かに見てもらえているという安心感は、何物にも代えらず、時に大きな力を発するものです。
実際に私も私を見ててくれた人に助けられ、

そしてそれから私がマネージャーをするにあたり、最も大事にしてきたことです。

できてはいませんでしたが、みんなの「だれかが見ている」の誰かに私はなりたかったのです。

 

 

知識技術は必要で、あるに越したことはない。でも完璧でなくてもいい。
付加価値をつけるのもいいけど、基本的なことはしっかりする。
お互いの協力関係が何より大事で、この関係は他と競争するものではないとようやく気づくことができました。

 


また一方で、伴走者も立派なアスリートだということ。
マネージャーは選手のためだけでなく、自分のためにも堂々と走り続けてほしい。伴走者の自分が自信を持っていなければ、本気で頑張る選手に対して引け目を感じ、選手はただただ重りを背負って走り続けなければならない。

いい関係は生まれないと、ずっと自分に自信がなかった私は思います。
結果という成果物がないマネージャーにとって、一番最初の自信は自分で作るもののような気がします。

自分に自信を持つこと、やめないでください。

 

 

昔「泣かせてほしい」という言葉はあまりに選手の努力にぶら下がりすぎていて苦手でした。自分に泣く資格なんかないのと、泣けなかったのと。
でもそれはただの傍観者の話で、
伴走者になれているのならば、選手から目標を借り、同じ目標を抱き続けてずっと一緒に走ってきたはず。

それが達成した時には、自分の叶えたかった目標も達成するのだから、自然と涙が出るのだろうと今は思います。
一緒に走ってきたならば、泣いてもいいんだなと思えるようになりました。
そうして私は昨年、涙腺ガバガバおばさんへと化しました。ガバガバ。


そしてもし結果が出ない時でも選手は「マネに合わせる顔がない」なんて思わないでほしい。無償でマネが支えているのではなく、お互いが支え合っているので。
選手とマネで今度こそ前進できたらいい、と思います。


結局正解の道なんて最後までわからないので
自信を持って、脇役であり、主役でもあるマネージャーを楽しんで選手とともに走りきってほしいなと思います。

 

 

マネについてもう一つだけ大切なこと。
神大は本当にマネージャーを大切にしてくれるチームだということ、です。

 

「マネージャーがいる環境は当たり前ではない。」
マネがいない時代を経験した先輩方が、私たちの代に強く教えてくれました。


そんな同期たちはここまで考えてくれるのかというくらい私たちを支えてくれ、また後輩たちにも同じように伝えてくれました。

伴走者もアスリート、しんどくなる時、たくさんあります。
私自身いろんな人に迷惑をかけました。しんどいときは練習中地下に行って体操座りしてました。
それでも見放さず、チームの一員として扱ってくれました。

 

今度は私たちが
「マネージャーを大切にしてくれる環境は当たり前ではない。」
と伝えていくべきなのだと思います。

 

 

私はほんの少しだけ経験したからこそ、心から選手を尊敬しています。
それでも一人の対等な人間であることに変わりはなく、正々堂々とマネも部員の一人なんだと言えます。ここではとてもいい勉強をさせてもらいました。
これからの神大水泳部も選手とマネージャーお互いがお互いを思い合うチームであり続けて欲しいと願うばかりです。

 

 

大切な居場所だったショートミドルはもうすでに引退し、あと12日後に神大水泳部を引退するのみです。

 

暗いセントラルに立ち込める霧を刺す蛍光灯
その蛍光灯のスイッチが恐ろしいほど押しにくい事
海事の夕方、オレンジに光るプール
夕練後、深江駅の動かないエスカレーター
大会のほこりと水の含んだ重たい空気とカビの匂い
カメラに映るみんなのガッツポーズ
今ではその全てが愛おしい。寂しい、なんて言葉じゃ足りないくらい。


圧倒的非凡な集団の中で、私はあまりにも無個性で取り柄もなく、同期のような人望もなく、劣等感にまみれたとても弱い人間でした。
経験者と言っても選手として得点で貢献することも出来ず、
さっきまであんなにマネージャー論を語っていたくせに、自分で満足のいくマネージャーになることもできませんでした。

 

でもこんな私の人生だけでは、4度の夏で経験したあんなにも大きく、眩しい夢を追うことはできませんでした。本当にありがとう。

 


マネージャーはやっぱり多いし、
入部するときに憧れたチームで唯一無二のような存在ではなかったけれど、
想像してたよりもずっと実りのある、充実した四年間だったのかなと思います。


何度も何度もやめる理由を考えたのに、諦めの悪かった私にも今では感謝しています。

全国公の帰り道、
頼り甲斐のあった最高の同期の引退と、
大好きで大好きで大好きな後輩たちの頑張りをこれから見ることができなくなるのを実感して、とめどもなく涙が溢れてきました。

こんなマネージャーになるなんて、って自分でも大いにウケました。


やってきてよかったなと、ありがちですが、やはり私もそう思いました。

 

 

最後になりましたが
今までたくさん迷惑をかけた皆様、特に同期と一個下のマネージャーのみんなは本当にごめんなさい。
同期のマネはめちゃくちゃすごい人ばかりでした。やっぱりすげえ!ってなります。だからこそ今の神大のマネが出来上がったのだと思います。もしリストラ制度があったら真っ先にクビは私なんだろうけど、6人で最後までやれてよかったと勝手に思ってます。ごめんね。

 


そして先輩になってくださって、同期に、後輩になってくれて、
マネージャーを、そして部活を続けさせてくれた皆様、本当にありがとうございました。
全員が今の私にとって不可欠でした。一人一人に溢れる想いを書きたかったけれど、そろそろ1万3千字を超えるので書けません。


本間先生、並びに関わってくださったすべての水泳部の皆様のおかげで私は今日引退日記を書くことができます。
今まで本当にありがとうございました!!!
この景色が大好きでした。

 

 

 

神風

 

お疲れ様です。

3回生マネの谷川です。

 

まず始めに、、、

すせきさんお誕生日おめでとうございます!

誕生日パーティー行きたかった、、

バイト先にバック面が来てくれたときに、さきがレジに入って仕事をしてる私に向かって

「今暇〜?」って聞いてきてビビりました(笑)

 

 

それでは今日のインカレ組のメインです。

 

100*4  1:45 S1 form

50*1  2:30 loosen

100*4  2:00 S1 smooth fast

50*1  2:30 loosen

100*3  2:15 S1 fast

 

100*1  3:00 loosen 

 

50*3  1:00 S1 des to fast

50*1  2:00 loosen

50*3  1:15 S1 des to fast

50*1  2:15 loosen

50*3  1:30 S1 des to max

 

 

100*4のsmooth fastのあとの、100*3のfastが結構しんどそうだなと思いながら見てました。

でもしんどい中でも、一人一人が考えて泳いでる感じがすごく伝わってきました。

試合への合わせ方は人によって違うから、見つけるのが難しそうです!

それをきっちりできる選手はすごいです。

 

インカレ組はインカレに向けての目標を言ったりしてるので、

考えてみましたが、あまり目標と呼べるものはありませんでした、、

 

ただ、インカレに出る選手が全員ベストを出して、みんなで笑って終われたらいいな〜と思っていて

そのために私も頑張れています。

 

特に4回生には、バシッと決めてかっこよく引退してほしいです。

今からもうレース見るのが楽しみです!

 

 

残りあと少しの時間を大事に、頑張りましょう!

 

 

それでは失礼します。

 

 

神風

 

 

 

 

お疲れ様です。一回生の柳橋です。

今日のバイトが2時からの予定から6時からに変更になったのでめっちゃうれしいです。ちょっとダラダラしよ。

 

今瀬さん、練習にお越しくださりありがとうございました。

 

本日のメインです。

Swim 75*4*6 EN1 IMO/t Fly:1'30 Ba:1'30 Br:1'40 Fr:1'20

          (1set:Fly 100m fast 2s:Ba 100m fast 3s:Br 100m fast 4s:Fr 100m 6s:all fast)

         25*4 '50 AN2 IMO/t w/Fin&paddle

 

今日はボッコボコにやられました。high averageやGS等タイムをまとめる練習に比べてショートサークルの距離を泳ぐ練習は苦手です。Bサークルで回りましたがそれでもフラフラでした。こういう系の練習が増えるみたいなのでサークルが短くなってもくらいついていきたいと思います。

 

26日の夏季長水路、皆さんお疲れさまでした!自分自身久しぶりの試合でした。感想としては、「やっぱり試合に出るってめっちゃ楽しい!」って感じです。50mFrと100mFr、200mFrに出場させてもらいましたが、どのレースも夏場の練習の成果が出たのではないかなと思います。50Frと200Frでベストがでて安心しました。ただ、夏季長水路は100mFrに照準を合わせていたので、ベストまであと0.3秒届かなかったのは悔しかったです。近国では役員もあり大変ですが100mFrでベストを狙いに行きます!皆さん頑張りましょう〜。

 

あと、完全に余談なのですが、最近自分の中でORANGE RANGEブームが再燃しています。レンジを聴くとあまりの懐かしさに感想が「エモい」しか出てこなくなります。ORANGE RANGEの最盛期って自分が幼稚園児だった頃(2004年)だと思うのですが、未だに曲を描き続けているのが素直にすごいと思います。そして他のどのバンドよりも名盤が多い!正直、大ブームだった頃の曲(花、上海ハニー)よりも最近の曲のほうが好きです。テレビに全然出なくなったので、最近の曲は流行ってないですけどね。「NEO POP STANDARD」「Spark」という2枚のアルバムがおすすめです。

 

もう少しでオフ期間に入りますが、気を抜かずに近国まで突っ走っていきましょう!

 

以上です。失礼します。

 

神風

 

 

お疲れ様です。1回生の漆畑です。夜分遅くにすみません。

 

最近暑い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。私は最近の暑さのせいで引きこもりに磨きをかけています。最近はまってることは天気のいい日に布団を干すことです。平凡な日常こそ幸せですねー。

 

今日のインカレ組のメインです。

 

50*1*2  1’15  DPS form

50*1*2  1'20  35m Hard!

50*1*2  1'20  DPS form

50*2*2  1'20  25m Hard!

50*1*2  1'20  DPS form

50*3*2  1'20  15m Hard!

 

本間先生、本日もメニュー作成、そして練習にお越しくださりありがとうございます。

 

私は今日練習には参加していませんが、練習に参加したもん吉の感想は「疲れた」でした。インカレ組の練習に参加して思うのは、選手が自分自身のタイムや調子、体調とちゃんと向き合って練習に臨んでいて、真剣に練習に取り組んで自分を追い込んでいる、ということです。ほんとにすごいと思います。

 

 

インカレ組として練習に携わらせてもらって、すごくいい経験をさせてもらっていると思います。市大との合同練では他大と一緒に練習して他大のマネさんの仕事ぶりを間近に見て刺激を受けました。自分の力のなさを感じました。もっとスキルをあげて敏腕マネージャーになれるよう頑張りたいです。

 

 

今回マネとしてインカレに行けることは凄く嬉しいです。トップレベルのレースを見れることがすごく楽しみです。でもせっかく神大のマネとしてインカレに行かさせてもらえることになったので選手のサポートとかマネの仕事とかを全力でミスなくこなせるようにしたいです。

 

今日の夏季長水路いっぱいベストが出ててよかったと思います。インカレ組もこの勢いに乗ってインカレでいい結果出せるように頑張っていきましょーう!

 

 

まず来週の近国頑張りましょう!

 

むさしさん、すせきさん、お疲れ様でした!かっこよかったです!

 

 

以上です。失礼します。

 

 

神風

お疲れ様です。1回生の大橋です。

 

今日は夏季長水路でした。

本間先生、田畑さん、らんまるさん、義樹さん、幸平さん、引退された4回生のみなさん、お越しいただきありがとうございました。

 

また、今日で引退のむさしさん、パセオさん、今までお疲れ様でした。お二人ともラストレースかっこよかったです。

 

本間先生やきくおさんが集合でおっしゃってたように、今日は非レギュラー組が盛り上げていた印象でした。久しぶりのレースということもあり、この夏の練習の成果を十分に発揮できたのかなあと思います。会場内がとても暑かったですが、応援楽しかったです。新体制、良いスタートですね!

 

私個人の結果としては、出場した種目全てでベストを出すことができました。特にやっと生涯ベストを更新できた100mは、泳ぎ終えてベストだとわかった瞬間、ああ、やっと大学水泳のスタートラインに立てた、と思いました。もともとベストが遅めな私なので、生涯ベストなんて関カレくらいにはぴろーんと出してしまう予定だったんですが、結局は夏の終わり滑り込みセーフになってしまいました(笑)。これから未知の世界に足を踏み入れる感覚がたまらなくわくわくしますね!

 

100mも200mも目標にしているタイムからはまだまだ遠い。でも何かまだ速くなれそうな気がする。Frだってもっともっと速くなりたい。今日は思いがけず得るものの多い日となりました。1つ加えるとすれば忘れ物をしない、ですかね…。罪の意識がまとわりついて離れず、本当にもう忘れ物はしたくないので何か良い対策があれば教えていただきたいです。

 

夏季長水路組はあと1週間頑張れば長期オフですね!宿題も受験勉強もない夏休みは幼稚園以来ですが、きっと暇で苦しいんでしょうね。きゃー楽しみ。

インカレ組のみなさんも、練習はしんどいでしょうが、横浜で良い結果を出せるよう頑張ってください!

 

以上です。失礼します。

 

神風

ついに、満を持して働く時がやってきました!某ビュッフェにお世話になります。

 

お疲れ様です。1回生の門です。

 

今日は尼崎で練習しました。

本間先生、メニュー作成そして練習にお越しいただきありがとうごさいます。

 

メインです。

 

50×5  1'30   2nd 50m of 100m

50×1   3'      DPS

50×4  1'20   2nd 50m of 100m

50×1   3'      DPS

50×3  1'10    2nd 50m of 100m

50×1  3'       DPS

50×2  1'        2nd 50m of 100m

50×1  3'       DPS

50×1             From Dive

 

100の後半を意識した泳ぎで耐える練習でした。

後半の25mキックを強く入れることを意識したんですけど、それができなくなるとタイムに顕著にあらわれてうえってなりました。

しかもラスト1発とんだのに遅くてひえって感じでした。

本間先生もおっしゃっていたように疲労をなるべく溜めないようケアも頑張りましょう!

 

 

 

何にもしてない自分がインカレに出させてもらえることになり、選んでいただけたこと、貴重な経験をさせてもらえることに感謝の気持ちでいっぱいです。

来年からは個人でも、もっと多くの人数でいけるようにも頑張ります!

インカレで圭祐さん、凌平さん、周平さんから引き継いで泳げるのは嬉しすぎです!

最高のレースしましょうね!!

 

 

さて、明日は夏季長水ですね!

むさしさん、パセオさんのラストレースの陰に隠れて僕としゅうへいさんの直接対決第2弾もあります。笑

負けませんよ〜

 

明日みんな気持ちよく泳げますよーに

おやすみなさい

 

以上です。失礼します。

 

 

神風

 

こんにちは。4回生、須関です。

 

遂に引退日記です。ちなみに通算45回目の日記らしいです。意外と書いていますね。

 

同期が僕よりも先に引退していくなんて、実に複雑でした。みんなの引退日記を読んで、色々思い出して、知って、僕は同期と比べていたら大したことできていないな、なんて考えて、コメントしながら、僕も引退日記を早く出してみんなからのコメントをもらいたいような、でも怖いような気持ちになっていました。まあその葛藤も今日明日で終わりです。

 

題名の「YELL」はもはや当初予定していた、僕にとって一番思い入れのあった「風が吹いている」に匹敵する曲となりました。もし「風が吹いている」が先に題名に使われていなかったら真剣に悩んでいたと思います…そういう意味では水球面が1部昇格したあの日にけんゆうに使ってもらって本望だったかもしれないですね。

 

余談はこの辺にしておいて、とりあえず書かないといけないこと書いておきます。

 

夏季長水路前ということでFPでした。そして、僕とむさしにとっては最後の練習でした。

 

いつも通り、各々感覚を、イメージを、研ぎ澄ましていました。

 

専門外の種目に出場する人、逆に、専門種目に挑む人。様々な立場でこの試合に臨むことになるのでしょうが、色々な人が仰っているように次のシーズンを見据えた試合にしてください。何か1つでも得て、次につなげていきましょう。

 

僕とむさしはご存知のように引退試合です。次は、ない。試合後のオフは明けない。やっぱ寂しいですね。そして怖い。どんな形であれ、悔いのない形で完結します。

 

私事ですが、僕は夏季長水路も学連OBとして役員をすることになりました。なので、引退の瞬間をチームと共に過ごす、というのは難しそうです。きっと複雑に思う人も多いでしょうが、僕なりの結論がこれでした。最後、この4年やってきた“いつも通り”で戦い抜いてきます。

 

さて、前置きはここまで。最後に書きたいこと、書かせてください。普段機会も少なく、あっても口数が少ないだけに、伝えたいことが多すぎて、まとまらなくて、誰よりも長いです。神大水泳部練習日記史上最長かもしれません。ごめんなさい。下手な文章で読みにくいと思いますが、気合い入れて読んでください。

 

この日記、2部構成にさせてもらいました。部活のためのブログで、身勝手だとは思いましたが、しっかりとした文章で、多くの人に言いたいことを伝える手段がこれしか思いつかなかったので。

 

前半は、部活のみんなへの。

 

後半は、学連のみんなへの。

 

メッセージ、“YELL”とさせてください。

 

長いので各所に適宜リンク貼ってあります。

 

それぞれ片方だけ読んでくれれば十分僕は嬉しいです。どっちも読んでもらえたらもっと嬉しいですけどね!

 

(「第2部 〜学連のみんなへ〜」へ)

 

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〜第1部 部活のみんなへ〜

 

1-2回生の時のこと、2-3回生のことは、オフ中の日記に書いています。「心の花を咲かせよう」「風乞うて花揺れる」ですね。この二つの日記もかなり長いです。ここに改めて記すと序盤で読者がいなくなってしまうと思うので、過去の僕を知らないけれど知りたい物好きな下回生のみなさんはこの二つを読んでください。そうすれば過去の僕が歩んできた道がわかります。

 

ただ、両者一緒にして要約すると、「過ちと後悔ばかりの2年間」でした、ということだけ言っておきます。特に「風乞うて花揺れる」は僕にとって戒めでした。LINEのひとことはこの一年“風乞うて花揺れる”でしたし、スマホのホーム画面にショートカットを貼り付けて定期的に読んでいたくらいです。

 

では、最後の一年を振り返って、総括させてください。

 

間違いなく、今までのシーズンの中では一番泳げました。いや、“泳ぎました”が正確ですかね。合宿、強化錬、そして自ら課した天理チャレンジ前の3週間。ケガと向き合いながらでしたが、最後にして初めて追い込みらしい追い込みをしたともいえるでしょう。それでも結果が出なかったのは僕の努力不足と思案不足です。僕のしたことが足りなかった、それ以上でもそれ以下でもないです。

 

正直、みんなに「泳ぎこめればきっと一気に伸びるよ」って言ってもらったのにこれしか伸びなかったのか、と思っています。僕にはこれしかできなかったのかと。悔しいです。関カレのレギュラー落ちが決まったときも当然悔しかったけれど、天理チャレンジで泳ぎ終わった直後は、絶対の自信があっただけに、悔しくて、悔しくて、涙が出てきて、それを隠したくて突っ伏していました。濡れた体の滴で隠していました。あんな日記書いたのに、また、言ったことを守れなかった。ひたすら悔しかったです。まあ、本当に立てなかったのもあるんですが。

 

ラストシーズンに至るまでの日々には、後悔しかない。ラストシーズンも、全国公に出られなかったことは、どうしようもなく情けなくて、悔しい。頑張ったから、天理チャレンジはベストだったから、良かったじゃん、と片付けることなんてできない。でも、このラストシーズン、最後の1年に関しては、悔しさはあっても、後悔はないです。以前、先輩が言っていたこと、そのままですけど。みんなよりも練習量は少なかったかもしれないけれど、合宿もできて、強化錬もできました。そして、天理チャレンジへの3週間があったからこそ、やり切った、と思って、散れる。今は、そう思える。あの時間を与えてくれた、そして決意を与えてくれた、なおみとけーすけには感謝しかないです。

 

最後のシーズン、毎回のようにレース後、歩くのもままならない状態になってしまって、過呼吸になりやすい状態になってしまったりもして、本当にもう身体がついてきていないと感じることも多々ありました。もう限界なんじゃないかって。一時期は試合どころか、練習ですら全力を出すのが怖かった。何度も救護されて、遂には僕のレースには救護担当の子やOBさん方が常駐するまでになって、これ以上迷惑をかけるわけにいかないと思い続けながらも、毎回お世話になってしまっていました。学連の友人の多くが、レース後控えに運び込まれる僕を見て「なんで(そうまでして)泳ぐの?」って言ってきて、その度に自分の選手としての存在意義を疑ってきました。

 

でも、天理チャレンジへの出場を打診されたとき、みんなの想いを伝えられて、自分が背負っているものの重さが急により実感できるようになりました。今まで感じていた、押しつぶすような重さではなく、心地いい、でもずっしりとした重さでした。その重さが、改めて僕を“選手”という存在に向き合わせてくれました。

 

あの時間が、あの3週間が、僕を本当の意味で“選手”にしてくれたのかもしれない。最後の最後で。あの3週間は最高に楽しかった。

 

僕は中途半端な選手でした。でも、水泳が好きなんですよね、結局。水泳しか、青春の過ごし方を知らなかった。だから辛くても離れられなかった。ただただ、水泳と過ごしていたかった。みんなと一緒に。

 

自分のためより他人のために頑張りすぎだ、もっと自分のことを考えろよって言われることが多かったから、マネージャー向きなのかも、って思うことも多々ありましたけど、無理ですよね。だって毎日あんなに立って走ってタイムとれないですもん、膝が痛くて。そうじゃなくとも、向いていない点はたくさんあると思います。僕自身はこの評価、どこか少し違うような気がしていますし。

 

だから、選手を続けて正解だった。そう思っています。全国公の突破も、入部しようと決めたとき思い浮かべた誓いも、何も成し遂げられなかったけれど、続けてきてよかった。

 

「今までの4年間、泳げた時間よりも悩んだ時間の方が長かったかもしれない。」…僕のTwitterカウントダウンの紹介文です。この言葉を最初に見た時、まさに僕の部活生活を象徴しているな、と感じたのを覚えています。この4年間、ずっと、悩み続けていました。これでいいのかなって。

 

そんな僕はみんなに助けられてばかりでした。でも、いつかみたいに、「みんなを支えようと思った結果、みんなが僕を助けてくれた」なんて言える資格は、ありません。学連で力を尽くすことが回りまわって部活のためになるんだと、自己正当化して、貢献しているつもりでした。でも何を言おうと、チームのために、何かすることができなかった。直接貢献なんて、できなかった。

 

同期、幹部たちが考え、行動して、素晴らしいチームを構築し、維持し、結果を残していく中、僕は、ただただ、そのチームに支えられるだけだった。助けられるだけだった。結果も残せず、その支えてくれたみんなの想いに、応えてあげることすら、恩を返すことすら、最後までできなかった。

 

それでも、この部活には、僕に手を差し伸べ続ける人がいた。かつて部員として道を踏み外した、どうしようもなく弱い僕を、導こうとしてくれる人がいた。月並みな言葉ででしか語れないけれど、感謝しかありません。

 

そんな僕が、最後に部活に何か伝えたいこと、いくつか書いていこうと思います。

 

まず、やはり学連についてですかね。

 

学連はしんどいです。間違っても、楽だとは言えない。僕を見てきた皆さんならわかると思います。

 

選手として、レースをしながら役員をする。マネージャーとして、シフトじゃない時間はマネージャーの仕事を、シフトの時間は役員をする。皆、学連として与えられた責務はもちろん、チームの一員としての責務を果たそうとしています。学連委員の多くは試合の時こんな時間を過ごしています。

 

ですが、ここには楽しさもあるんです。普通に部活をしているだけでは出会えない仲間との交流、大きなプロジェクトを完遂する達成感。部活とは違う、ここでしか味わえない感情があるんです。

 

正直ここ1年の僕を見ていてこの部分はあまり見えてこなかったと思います。「学連はしんどい」というイメージで染まっていて、「やってみたい!」っていう人が皆無なのが嫌で、少なくとも後輩たちが楽にできるように、楽しさが少しでも見えやすくなるように、色々と頑張ってはいたのですが、それはおそらく学連内部の人間でないとわからないもので、外から見ると、僕からにじみ出るオーラがいかにもしんどそうだったよなと思います。

 

学連に関する実情や愚痴は井出ちゃんくらいにしか言っていなかったから、余計にそうだったと思います。

 

でも、最後、僕たちが創り上げた関カレそのものと、僕の大号泣で伝わりましたかね。何もかも全部。もう言わなくてもいいですよね。

 

そんな世界に身を置いて、様々な苦労と葛藤に立ち向かい、戦い続けることになった、凌太郎、陸人、凱には理解を示してあげてください。わからないと思うことも多いだろうけれど、辛さを共感してあげてください。時々でいいから、感謝の言葉を伝えてあげてください。試合中に見かけたら、一言でもいいから声をかけてあげてください。差し入れ、余裕があったらでいいから控えまで持って行ってあげてください。スプリット表、試合が終わった後でいいからちゃんと渡してあげてください。できるだけ、みんなと同じサポートを彼らにもしてあげてください。

 

それだけで、きっと、すごく助かると思います。

 

快はお疲れ。明日までだね。快が入ってくれた時、既に幹部だったとはいえ、あまり見守ってあげられなくてごめんなさい。大変だったと思います。この1年で何か得てチームに戻れるのなら、僕は嬉しいです。

 

引退したあとも、できるだけ役員に行きます。神大の学連の後輩を見守りに行きます。現役の時はできなかったから。ホントにごめんなさい。これからはちゃんとサポートします。スタンドの方は同期がきっと行ってくれると信じているよ!

 

加えて、神大水泳部以外の要素を持たざるを得ない立場にあった僕には、神大への外部からの見え方とか、意見だとかが実はたくさん届いていました。僕自身もそういう視点がありました。それをチームに伝えられなかったのは僕の力不足です。

 

もちろん、神大水泳部がいいチームであることには、疑いはない。けれど、それを盲信しないでください。外からの意見を鵜吞みにする必要はないけれど、外の人間だからこそ言えることがある。神大にはない良さがある。それを、言ってもらえる環境を作って、もう一度反芻して消化してこそ、より良いチームへと進化できる。僕はそう思います。

 

そして、全国公を切れていないみんな、レギュラーをとれなかったみんな。むさしも昨日言っていたけれど、むちゃくちゃ悔しいぞ。ラストシーズンも得点レースに出れない、というのは。だから、毎回の試合で、本気で悔しがれるだけの気持ちを注ぎ込んでくれ。そのことで後悔しないだけの、何かを掴んでくれ。最後の最後まで、考え抜いてくれ。そうすればきっと結果はついてくる。頑張って。応援してる。試合、たくさん行くから。目の前で、いい結果を見せてくれ。頼みます。

 

最後に、過去の僕を知っている人は、反面教師にして、決して、僕と同じ過ちは犯さないでくださいね。どんなに辛くても、みんなが見てくれています。逆に言うと、見られています。忘れないでください。まあ、そんな人今の神大にはいないと思いますが。

 

いつも色々文句言いつつも、なんだかんだで神大水泳部のみんなが大好きでした。最高の仲間でした。何度お礼を言っても言い足りないです。

 

特にBa面のみんなには頭が上がりません。井出ちゃんと陽子ちゃんはラストシーズンに試合の時食べることを忘れてしまうことが発覚してから毎回のようにすぐ食べられる物くれたよね。本当に助かりました。選手のみんなもケガのこと、体調のこと、最後まで心配かけてしまって、そしてどんな時も応援してくれて、ありがとう。全国公、切れなくてごめん。期待に応えられなくてごめん。こればっかりは、本当に心残りです。何もお返しできなかった。

 

各回生にも、僕が言えたことじゃないかもしれないですが、簡単にメッセージを。

 

1回生は、なんか学連をしていて、ケガしていて、いきものがかりが異常に好きな人、くらいの認識で止まっちゃっているのかな。練習いないことも多かったし僕あまりしゃべらなかったし。楽しそうに部活してくれて、とても嬉しかった。そして、人数が多いからこそある楽しさを十分活かして、人数が多いからこそどうしても起こってしまう辛さをみんなで乗り越えていってくれたらな、と思います。まだまだ楽しいのはこれからです。あと、改めて、学連の3人をよろしくお願いします。

 

2回生。僕に言いたいこともたくさんあったと思う。こいつなにやってるんだろうって思うこともたくさんあったと思う。それでも僕のことを応援してくれて、普通に接してくれて、ありがとう。同期が作り上げたチームをここまで愛してくれてありがとう。どの回生よりも団結力のあるみんなが、3回生を下から支えて、盛り上げていってください。

 

3回生。一番長いときを過ごしてきた後輩であるみんなは、4回生並みに僕のことを心配してくれたよね。学連頑張りすぎじゃないですかとか、ちゃんと食べてないんじゃないですかとか、ちゃんと寝ていますかとか、体調やケガは大丈夫ですかとか、直接声をかけて心配してくれたのはみんなが一番多いかもしれない。その言葉に助けられて頑張ってこられました。ありがとう。人数少なくてしんどいと思っているだろうけれど、経験豊かなみんなは、どの回生よりも周りが見えていて、冷静な回生だと思う。いいチームを作ってください。みんなならできる。期待しています。

 

そして、同期の4回生。この4年間、一番気を遣わせてしまったのは僕だと思います。1、2回生の時、練習ではあまり泳げなくて、試合では棄権ばかりして。3回生になって完全にチームから心が離れてしまった僕を、みんなは繋ぎとめようとしてくれた。見捨てられても仕方ないレベルにまで堕ちた僕を、根気強く見守り、導こうとし続けてくれた。ラストシーズンも辛くなった時、励ましてくれた。全部、全部覚えています。だから、僕は最後まで続けてこられた。導き無しには、励まし無しにはここまでこれらなかった。もうなんて言ったらいいか。とにかくみんなお疲れ。感謝してるよ。

 

以上、みんなへの“YELL”でした。

 

ほんとうに、みんなありがとう。最後のレース、せめて少しはお返ししないとね。燃え尽きてきます。

 

前半はここまでとさせていただきます。

 

(「終わりに」へ)

 

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〜第2部 学連のみんなへ〜

 

初めて神大のブログを読んでくれている人も多いと思います。まず、わざわざアクセスしてくれてありがとう。口下手な僕が、できるだけ多くの人に上手く言いたいことを伝えたくて考えた結果、こんなことをしています。

 

このブログで言いたいこと書くつもりだったのでLINEとかで最後のメッセージ、みたいなことも控えていました。関カレで、代表実行委員の一角を占める者として、みんなの前で喋る機会もいただいたけれど、泣きすぎて支離滅裂なことしか喋れてないと思うし…

 

届いているかな。届いてほしいな。よかったら拡散してほしいです。コメントも待ってます!下の方にコメント欄あるので遠慮なくどうぞ!

 

ということで、ここからはしばらく学連向け。神大のみなさん、ごめんなさい。

 

とりあえず、ざっくりと振り返ってみます。

 

僕は1回生の夏季公認から学連に入りました。最初は招集。でも1回限りで次の関国から折返しへ。え??って思いましたが理由は1年以上たった後判明しました。当時の実行委員長の考えあってのことでした。

 

そして、最後まで続けることを決意したのとほぼ同時に膝が限界を迎え、2回生のチャンピオンシップから正式に、目にかけてもらっていた先輩2人がいたPTへ。そして、この代の会計への就任が決定的になりました。全国公終了後、おまけみたいなものですが、国公立委員長にも就任しました。

 

そして、このまま引退まで突き進みました。幹部として2年間。途中で会計担当から会計主任に名前が変わりましたが、役割は変わらないまま。

 

これが、学連としての僕の来歴です。今思えば僕のことを気にかけてくれた先輩方が悉くその代で影響力の大きな先輩だったこともこれまでの僕を作ってきたのかも、と思います。

 

では、この4年間、僕が何を思って、考えて、学連をしてきたのか。

 

僕は、学連は自分の希望で入ったわけではなく、同期内での話し合いで決まり、先輩に1年で辞めてもいいと言われて入ったごくごく一般的な新人でした。当時はほんとうに嫌だった。

 

何なら、神大に限らず、学連の先輩方に、選手の上にケガもしているんだから辞めた方がいい、とさえ言われていました。

 

ですが、約束の1年が経とうとしていた時、僕みたいなやつですら、貴重とされていることに気づいてしまいました。その頃はまだ折返しで、ケガのこともあって本当に辛かったけれど、辞めるのは逃げるみたいで嫌だった。頑張っている皆さんに申し訳ないと思った。必要とされるなら、僕の小さな力でもいいなら、貢献してみたい。それが4年続けることを決めたきっかけです。幹部になったきっかけです。

 

そして、幹部になってからは意識してサポートに徹してきました。会計こそ、最後の1年は僕が中心だったけれど、それさえ、他の役職のサポートに近いものだったと思っています。

 

自分の色は出さないようにして、支えるべき人に合わせる。緊急時以外は前にはあまり出ず、サポートする。でも、緊急時にはためらわず前に出る。そして、僕の仕事上必要な人との交流を大事にして、自然と連絡を取り合うようにする。してもらえるようにする。これが基本姿勢でした。究極の黒子役。そして、人と人をつなげる。それが僕の目指した姿でした。

 

また、色んな人に、「何故学連を続けて、何故こんなに頑張り続けてこられたんですか?」って訊かれたことがありました。学連の人はもちろん、神大水泳部の人にも、訊かれました。

 

訊かれたその時々で回答は違いましたが、終わった今だから言える最終回答は…

 

「みんなのため」であり、「みんなのおかげ」です。

 

実はごちゃごちゃと色々と理由が思い浮かんできたのですが、書きながら整理してみると、全部これに帰結することに気づきました。

 

「“僕たち”がいなかったら“僕たち”は試合に出られない」…いつからか、僕が学連の仕事をしながら、なんでこんなことやっているんだろうと思ったとき、浮かんできた言葉です。“僕たち”関西学連がいなければ、“僕たち”関西の大学水泳選手は大半の試合に出られなくなる。この言葉が与える使命感に追い込まれて、大袈裟な言い方をすれば“関西大学水泳界のため”頑張ってきたけれど、思えば学連を辞めて後輩に託してもよかった。なのにそれをしなかったのは、逃げるのが嫌だったということと、神大の後輩の負担を増やしたくなかったからでした。

 

そして、学連の同期のみんなのためでもありました。

 

同期が頑張っているんだから、僕も頑張らないと。みんなが信じてくれているんだから、それに相応しい力を示さないと。みんないい人ばかりだから、その期待に応えないと。みんなしんどいなかで、自分だけ、楽をしたくない。みんなを苦しませるわけにはいかない。みんながいい試合を作ろうと尽力していたから、僕も全力を尽くさないと。終盤はこんなことばっかり考えていました。

 

そして、後輩のみんなに対しても、同じ想いでした。

 

特に、最上学年となってしばらく経ってから密かに誓ったのは、「後輩に僕と同じ苦しみを与えないこと」でした。色々と、誰よりも苦しんでしまった自覚があっただけに、この苦しみだけは与えたくなかった。

 

まあ、終わってみれば完全にそれを達成するのはとてもとても無理だったんだけれど、後輩のみんなの苦しんでいる顔も見たくなかったんですよね。たとえ、それが僕の見えないところでも、僕が引退した後でも。

 

だから、自分が仕事をするときはできるだけ自分のことよりも次世代以降のことを想定して、楽になるように工夫して、障害となるものは排除して、でも厳正な管理形態を保てる形へと変化させていきました。

 

後輩とは親しく話せる関係を築いて、できるだけ親身に相談に乗って、教えてきた…つもりです。誰よりも、引継ぎのことに繊細に取り組んできたつもりです。それが、学連での僕の存在意義だと思っていたから。

 

あくまで、僕は過渡期にある人間。次世代に繋ぎ、託すのが、至上命題。絶対に途絶えさせない。「この代は良かった」ではなく「この代から変わった」でなくてはならないのだと。

 

それを真摯に受け止めてくれて、必死に頑張ろうとしてくれる後輩を見ていると、僕も頑張らないとね、っていう気持ちになるんですよね。まあめんどくさい先輩だったかもしれないですが笑

 

この1年、少しは役に立てたかな。支えになれたかな。そうなっていたら嬉しいです。もちろん、まだまだ支えになるつもりでいます。遠慮しないでくださいね。

 

あとは、みんなに伝えたいこと書かせてください。

 

まず、今まで一緒に頑張ってきた同期へ。

 

まさか、この僕に、こんなに幅広い大学の仲間ができるなんて、思ってもいませんでした。

 

忙しい中、辛い中、疲れている中、みんな笑顔で頑張ってくれて、根が暗い僕からしたら眩しすぎる仲間たちでした。いつでも軽口を叩いて、切り替えが早くて、騒がしい、でもやるときはやる、格好いい仲間たちでした。

 

おかげで潰れそうになっても、なんとか僕も楽しくできました。本当に限界を迎えて潰れた時、試合やMTのとき話しかけてくれたり、わざわざ夜中に電話とかLINEとかくれたりする人もいたよね。僕は自分からSOSを出すのが下手だったから、本当に助かりました。

 

僕の身体も、気遣ってくれたよね。みんな疲れているのに、それこそ気遣われるべき選手なのに、僕の代わりに力仕事をしてもらってきたし、肩貸してもらって、時には背中まで借りたし、救護されたし。使えないやつでごめんね。

 

一緒に何度もMTして、役員して、LINEであーだこーだ言って、作業して。長時間、夜遅くまで、体力と気力の限界を感じながら、やってきたね。時には羽目を外して、飲み会したね。

 

そんなみんなのために、地味な仕事だったけれど頑張ってこられました。時には表舞台で光り輝くみんなが羨ましく思うこともあったけれど、裏側こそが僕の戦場であり、みんなの背中を守って、みんなが全力で光り輝けるようにするのが僕の任務だと思ってきました。

 

みんなの今までの頑張りが、あの関カレに結集して、凄いもの、創れたよね。最高だったね。僕たちの力の集大成、示せたよね。台風来ちゃったけれど笑。でもそれすら、僕たちは乗り越えた。最終日も最高の盛り上がりだった。閉会式のあとの光景は一生忘れられない。まあ泣きすぎて半分も見えてないんですけど。

 

あんな最高の演出をして、選手のため、観客のため、役員のため、試合に関わる全ての人のための試合を作ってみせた、みんなが誇らしいです。みんなの仲間でいられて、嬉しいです。最強最幸の仲間でした。

 

今まで共に戦い続けてくれてありがとう。一生モノの想い出をありがとう。また、会えるといいな。まずは追いコンかな。次は泣きすぎて…なんてないようにするね!そしてみんなで遊びに行けたらいいな!

 

そして、3回生を中心とする後輩たちへ。

 

君たちにも最後の1年、僕に気を遣わせてしまいました。毎回レース後、一緒にレースした子たち、救護の子たち、大丈夫ですか、って声かけに来てくれたよね。動けなくなった時、寝不足でおかしくなりそうだった時、休んでてください、って言ってくれたよね。その度に申し訳なくて、でも救われました。

 

最後、関カレで僕を狙い撃ちで泣かせにいったこと、一生覚えておきます。あれは反則です。でも、あとからそれを聞いてめちゃくちゃ嬉しかった。

 

君たちの力がなかったら、あんな関カレは作れなかったです。みんなは僕の同期たちが…って思っているかもしれないけれど、後輩含めて全員で創った関カレだからこそあんなものができた。信じてついてきてくれてホントにありがとう。

 

長くなるけれど、ここからは僕からの“YELL”です。

 

まず、どんなに余裕がなくなっても、部活の仲間たちに誤解されていると感じても、部活が好きだという気持ちは失ってほしくない。僕は一度この気持ちを失って、部活が大嫌いになってしまったことを死ぬほど後悔しています。でも、思い出させてくれたのは学連のみんなの姿でした。役員をしながらもチームを想う、そんな姿が僕に正しい在り方を再確認させてくれました。なかなか理解されないし、両立は難しいけれど、どっちもしっかりやりきってほしい。どっちも楽しめれば、2倍楽しいんだから。

 

あと、きっと、自分の仕事で手一杯だと思うんだけれど、関係ないなんて思わずに、他人の仕事も手伝ってあげてください。僕は色んな人のバックアップをしてきたけれど、やっぱりみんな大変なんです。そんな中、手伝ってもらいたいといわれても、自分が大変だったらやっぱりなかなか手伝えない。その連鎖が続いたら、結局みんな孤独に作業することになる。

 

それ、なんか嫌じゃないですか。どうせならみんなでやりたいじゃないですか。だから、最初の一歩、しんどいと思うけれど、きつそうな人の仕事を手伝ってみる。そうしたらその人は余裕ができる。そしてその余裕で誰かを手伝う。その連鎖の方が楽しいに決まっています。

 

そして、それぞれ思っていることがあると思うけれど、きっと不安を感じていない人はいないと思います。4回生がやってきたことを自分たちでできるんだろうか、トラブルが発生したときに適切に対処できるのだろうか、自分に課せられた責任を果たせるんだろうか。色んな不安に襲われていると思います。

 

去年の僕も、まさにそうでした。右も左もわからないまま、不安でたまらないまま、がむしゃらに突っ走ってきて、時には不安に食い殺されかけて、眠れなくて、叫びだしそうな夜も過ごしてきたけれど、なんとか走り続け、気づいたら1年経っていました。その時には、自信を手にできていました。

 

不安は、自信で打ち消すしかない。

 

自信を持つには、経験を積み重ねること、常に考えることをやめないこと、それしかない。

 

こんなの役に立つかな?っていう経験が僕を支えてくれたことも多々ありました。競技役員としては、最後に本職としたPT以外にも数は少ないながら、招集、折返し、会場、場内指令、受付を経験して、出発と通告を近くで見てきて、記録の仕事ぶりも見せてもらってきたその経験全てが僕の力となり、自信となってくれました。会計主任としては、ほぼ独力で築いてきた会計体系と、他の役職の手伝いの経験と、みんなの褒め言葉と信頼が、自信になってくれました。

 

正しく積んだ経験は、考え続けて積んだ経験は、自信に変わります。

 

でも、そんな…無理だよ…できねえよ…なんて、思うかもしれない。今は思わなくても、思う瞬間が必ずやってくると思います。

 

でも、その不安を飼い慣らし、戦い続ける姿勢を崩さないでほしい。不安の原因を探り続け、自分に足りない力を追い求めて、それを得るために必要な手段を探し続けて欲しい。競技役員として経験を積むこと、わからないことを調べて、質問すること、方法そのものを変えること。その過程全てが自信へと変わるから。自分を信じて、戦い抜いてほしい。

 

不安でいることは、悪いことじゃないんです。その不安があるから進むべき方向が分かるのだから。最初から「まあなんとかなるだろ!」なんて本気で思っているやつはむしろ相当危険だと思います。不安は、必要です。絶対に。僕だって、この1年、「何かをやっていない気がする」漠然とした不安感がつきまとい続けました。その不安が、僕を突き動かし続けました。

 

不安という怪物に慣れること。心の中に飼い続け、向き合い続けること。それを打ち倒す術を考え続け、それを手にすること。茨の道です。でも、不安を乗り越えるためには、通らずにはいかない道です。気を確かに持って、進んでください。

 

それでも、不安に押しつぶされそうになったら我慢しないで。みんなの仲間たちは、仲間が苦しんでいるところを見たくないはず。僕だって、見たくない。だから、愚痴を言うとか、相談するとか、早いうちにしてください。僕でよければ、僕でもいいし、他の4回だって、聞いてくれると思うし、同期で傷を舐め合ってもいい。なんでもいいから、必要以上に苦しまないでください。そして、苦しんでいる仲間には、手を差し伸べてあげてください。その重荷、みんなで背負っていってください。みんなで、乗り越えてください。

 

僕たちを目指す必要はないです。みんなが、各々の終着点を探してください。その先に、きっと、きっと、大きな達成感が、一生モノの笑顔が、待っています。僕もOBとして、その一助になれればと思っています。応援してるよ。

 

とんでもなく、長くなったけれど。今まで本当にありがとう。代は関係なく、みんなのおかげで、頑張ってこられました。みんなのおかげで、責任を果たし続けることができました。ありがとう。

 

この辺で、第2部も終わりにします。

 

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〜終わりに〜

 

思いの丈全部ぶちまけてしまいました。長すぎて飽きていますよね、すいません、もう少しお付き合いください。

 

こうやって振り返ってみれば、本当に人に恵まれたな、と思います。何回、みんなのおかげです、って言っているのでしょう。ありがとう、と言っているのでしょう。

 

一番大事な宝物は人との出会いなんでしょうね。僕自身は、この4年間で他人に「須関と出会えてよかった」って言わせられるだけの何かができたのかな。そんな人でいられたのかな。正直自信ないですけれど、僕はそんな人にたくさん出会えました。

 

浪人して神大にはいったこと。神大水泳部にはいったこと。学連の幹部になったこと。

 

自らの意思と偶然が重なった結果、選び取った道がもたらしたこの日々は。この人々との出会いは。

 

想像できないくらい、苦しくて、辛い青春でした。

 

でも、想像できないくらい、楽しくて、幸せな青春でした。

 

自分が選んだ道が果たして良かったのか、自信がなくて、何度も何度も、自問自答し続けてきたけれど。

 

今なら、今まで過ごした日々に“夢”と名付けられそうです。

 

高校の部活引退の時も同じことを思いましたが、今度こそ、こんなに濃密な日々はもう二度と過ごせないのでしょう。もう少し、この時間に浸っていたかった。寂しいけれど、終わりがあるからこそ、いいんですよね。

 

永遠なんてない。でも、“サヨナラ”は悲しい言葉じゃない。今になって、この歌詞の本当の意味が分かる気がします。

 

これからもずっと、みんなのことを応援しています。これからも、より強く、みんなが風を吹かし続けることを、その先に笑顔がたくさん咲いていることを祈っています。

 

長い間、拙い文章にお付き合いいただきありがとうございました。

 

最後に改めて、神大水泳部と学連の先輩、同期、後輩、OB、OG、先生方、そして僕に関わった全ての方への感謝を記して、終わりとさせていただきます。

 

ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございました!!!!

 

2015“Road to 1!” 2015-2016“個動” 2016-2017“夢努” 2017-2018“神風”

 

2018.8.25

神戸大学体育会水泳部

関西学連 会計主任・国公立委員長

須関 諒

お疲れ様です。4回生の三宅です。

 

本日のメインです。

 

50*3*4 1’30 Descend

50*1*4 1’30 Easy

 

練習にお越しくださった本間先生、ありがとうございました。また、名大の方々も4日間ありがとうございました。

試合前最後のメニューでしたが、みなさん調子はどうでしょうか。あとは明日のFPだけなので、ここまで来たらあまり焦らず疲労を抜くことに専念した方が良いのかなーと個人的には思います。夏季長水路みんなで頑張りましょうね。

 

 

さて、本日は引退日記となります。

それでは始めます。

 

生まれて初めて水泳に触れた時のことは覚えていません。なんといったって1歳の時なので。

そう、何を隠そう、実は水泳歴21年目になります。週6の練習は中学からなので10年ほどですが。まあ、それでも一応21年間基本的に週に1回以上は泳いできたんですかね。

 

ほんと、たいした成績もないくせに一丁前に歴だけ長いんですよね。

だから僕は1回生の時の7月の日記で、「21年間水泳をやってきた、と胸を張って言って引退する」という4年間の目標を宣言していました。歴に見合うだけの成績が無いのが嫌だったので、相応の成績を残して引退しようと心に決めました。

 

じゃあ、その目標は達成できたのでしょうか。

結論から言えば、答えは「No」です。

 

関カレで戦いたかった。

点が取りたかった。

全国公の舞台に立ちたかった。

同期と肩を並べたかった。

 

同期はスーパースター揃いだった。

そんな同期のことが誇らしくて、憧れで、羨ましくて、妬ましかった。

僕はいつも同期の背中を追う側。

ずっと追い続けていた。ずっとずっとずっとずっとずっとずっと。

 

ずっと悔しかった。

 

最後の春、全国公を切った時はやっと同期たちに少し近づいたと思った。

だけどすぐにレギュラーから落ちて、結局僕は一度だってみんなと一緒に肩を並べることができなかった。

 

「回生みんなで全国公」という回生目標も達成できず、「1部昇格」を目指した関カレでは点を取ることはおろか、出場すらできずチーム目標も達成できず。

もう、俺はどこまで同期の足を引っ張れば気が済むのかと、消え入りたくて仕方なかった。

 

僕はこの4年間、本当に何一つ成し遂げられなかった。

 

こんな僕ですから後輩のみんなに偉そうに言えることなんて何もないんですが、一つだけ、特にまだ全国公を切れていない、レギュラーが取れていない後輩たちに言っておきたいことがあります。

 

ラストイヤー試合出れねえの死ぬほど苦しいぞ。

 

ラストイヤーまではたとえ上手くいかなかったって、まだ次がある、今度こそは、って自分を奮い立たせることができた。

でも、ラストイヤーは違う。

僕はあのレギュラー選考に落ちた時、全部を失った。4年間の目標を失った。頑張る目的を失った。これまで泳いできた意味を失った。

 

正直に言って、この約3ヶ月死ぬほど苦しかった。

僕がどんなタイムで引退しようがチームの目標にはもう関係ない。そう思ったら、なんで頑張んなきゃいけないの、ってそんな考えが頭の中いっぱいになっていく。

 

頑張るにはあまりにも理由がなさすぎた。

 

神大水泳部に入部してから一度だってやめたいって思ったことはなかった。

でも、この3ヶ月間は、練習タイムが悪かった時、応援席でプールを眺めていた時、レースの無い全国公のために6万を手渡した時、とっととやめてやりたいと初めて思った。

 

それでもここまで続けてきたのは、自分に負けたくないっていう意地、ただそれだけ。

自分が力不足なのは全部自分の努力不足のせい。

それなのに続けてきたことを途中で放り投げて逃げるなんてダサすぎるでしょ。

 

とにかく、目標を達成できなかった僕は死ぬほど後悔した。自分を立ち上がらせるのは死ぬほどしんどかった。

だから、後輩のみんなには僕のようには絶対になってほしくないです。

 

レギュラーに入っている、入っていないに限らず、みんな4年間で成し遂げたい目標があるはずです。それを絶対に達成してください。夢や目標は持つこと、達成することに価値があるのであって、夢や目標それ自体には何の価値もありません。夢を夢のまま終わらせないでください。

 

後輩のみんなには胸を張って引退してほしいと思います。

決して僕みたいにならないでください。

 

水が嫌いでプールから逃げ出していた幼少期、練習が嫌で練習前に腹痛になっていた小学生時代、部員がいなくて部活としてまともに機能していなかった中学時代、タイムが3年間全く伸びなかった高校時代、目標を達成できなかった大学時代。

 

思い返せば、21年間泳ぎ続けてきて良かったことなんてほとんど無かった。

 

それでも、どうしてかな、泳ぎ続けてきて良かったって心の底から思ってる。

 

それはきっと水泳を通じて出会ったいろんな人たちのおかげ。

 

一緒に泳いだ人たちを、支えてくれた人たちを、その人たちとの思い出を僕は忘れない。

 

励まし合った合宿、泣き合った打ち上げ、熱く語り合った長い夜、笑い合った毎日が、神大水泳部で過ごした毎日が、みんなと過ごした全ての瞬間が僕のかけがえのない宝物。

 

神大水泳部のみんなが本当に本当に大大大好きです。

 

これまで出会ったいろんな人への感謝の気持ちを、21年の全てを明後日の50mにぶつけてきます。この3ヶ月間、ベストで引退するための練習をしてきたつもりです。

良ければ最後、あと25秒間だけ応援よろしくお願いします。

 

 

それでは、そろそろ終わりにしたいと思います。

僕は雪泥に立つ小鳥に過ぎませんでしたが、せめてこの日記が蕾む花の水となってくれれば幸いです。

ここまで付き合ってくださったみなさん、本当にありがとうございました。

 

 

 

 

ああ

 

 

もっと速くなりたかったなあ。

 

 

 

2018824

三宅舞佐志

 

 

神風


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